城下町の料亭で、熊本の文化を守り続ける男がおるようだな。わしの代わりに体験してくるのだ。

ライター・中川

承知しました!食いしん坊ライターの中川千代美です。出身はお隣・長崎県ですが、熊本に住み始めてはや20年以上。すっかり身も心も熊本人のつもりですが、さらに熊本人度を高めるべく、よりディープな文化を学びたいと思っていたんです。料亭って、めちゃくちゃ緊張しますが、これを機に、ますます熊本の魅力という沼にどっぷり浸かるぞーーー!

料亭文化を残しつつ
敷居は低く、
楽しめるよう奮闘。

ドドーン!と鎮座する「おく村」
ライター・中川

……、もじもじ。

清正さん

なんじゃ、早くお店の中に入らんか。

ライター・中川

いえ、私は料亭に足を踏み入れるに相応しい大人なのだろうかと、我が身を振り返ってしまいまして…、ドキドキ。

清正さん

……。

奥村さん

いらっしゃい!

ライター・中川

あ、テレビで見たことある人だ! 熊本の雑誌やWEBメディアでもよく拝見しています!

奥村さん

はは、見ていただいてありがとうございます。
この前は私服でサングラス、マスク姿だったのに、ショッピングモールで「いつも見ています」って声かけられましたよ。

ライター・中川

(気さくな人でよかった、ただ…)

奥村さん

どうしました?

ライター・中川

あの、その調理服の下に着ているのは、ニッカポッカに見えるのですが…?

ニッカポッカ!(もしや元ヤン⁉︎)
奥村さん

そうですよ、ニッカポッカです。これが動きやすくて一番なんです。実用性重視!
生産者を訪問して畑に入らせてもらうことも多いので、この服装で入れるから便利です。もちろん、清潔にすることは徹底しています。

清正さん

江戸時代の袴のようなものか。

ライター・中川

ただのヤンチャな服装ではなかったのですね、ホッとしました。

奥村さん

さあ、立ち話も何ですから、中へ中へ!
お話ししたいことがたくさんあります。さあさあ!

ライター・中川

(気さくだけど、想像以上にアツイ人だ……!)

いよいよ料亭の中へ…
調度品や季節の飾り、柱の1本1本さえ、格調高く感じます
奥村さん

今の店舗は2000年に改築したものですが、昔の建物から移した貴重な調度品も数多くあります。

ライター・中川

ちょっとしたミュージアムですね。眼福です!

奥村さん

中川さんは、熊本の文化をより深く知りたいのだと聞きました。
となれば、まずは熊本のおいしい食べ物からでしょう!

ライター・中川

さすが!

奥村さん

代表的な郷土料理2つをご用意しました。
「一文字ぐるぐる」と「馬刺」です。

早速いただきます!

「ひともじぐるぐる」。名前もかわいい
奥村さん

“ひともじ”とはネギに似た「ワケギ」の別名で、「人」という字に似た姿で生えているのが特徴。それを茹でて巻き、酢味噌でいただく料理です。白くて太い部分と細い部分があり、均一な太さと長さに巻くのが難しいんですよ。

酢味噌をかけてない状態がコチラ。これは美しい!さすがです
奥村さん

とてもシンプルなのにおいしい、よくできた郷土料理ですよね。
そして、熊本といえば「馬刺」。

これまた美しい!
ショウガと醤油、タマネギと一緒にいただきます。ちなみに、馬刺しの醤油は熊本では甘めが好まれますが、 「おく村」では醤油の風味も生かして、ちょい甘目で出しています。

わ!何これ!
今まで食べたことあるのと違う!

柔らかい!あ、溶けた!

清正さん

う、うまそうじゃな。馬だけに…(笑)。

ライター・中川

…。うそ、江戸時代の人も親父ギャグ言うの⁉

奥村さん

(何言ってんだろ、この二人…)
熊本のいい馬刺は、柔らかくてうま味があるんです。
熊本県産の日本酒によく合いますよ~。

奥村さん

これは熊本市にある「瑞鷹株式会社」の「崇薫(すうくん)」。お米の甘みを感じられる、香り高く芳醇な味わいでイチオシです。

ライター・中川

絶妙なタイミング! いただきま…。

清正さん

……じろり。

ライター・中川

さすがに仕事中は控えます(笑)。香りだけ…! とても惹かれますが…。

奥村さん

じゃあ、お酒はなおしときますね。
※「なおす」→九州では「片づける」という意味です

あーー!飲みたい~!!!

熊本のお酒たち。どれも個性があり、味わいもさまざまです
ライター・中川

実は、「伝統ある料亭」ということで少し緊張していたのですが、食事もおいしいし、それでいて学ぶことも多くて。奥村さんのおかげです。

奥村さん

和のおもてなしの本質は、「料理を心地よく楽しんでいただけること」だと思っています。
マナーや形式のベースはありますが、それにがんじがらめになって、箸1つ上げるのにもブルブル震えてしまうと、料理の味なんて楽しめませんよね?もっと自分に心地いいスタイルで楽しんでもらう、そんな場を作ることが第一だと思っています。

ライター・中川

だから、気軽に食べに来られるランチもされているんですね!

奥村さん

かつては、お客様が料亭で食事のマナーや上座下座、振る舞いなどを覚えて、それを後輩に伝えていたものです。お店側も間違いがあると指摘していましたし、お客様とお店は対等な立場なんです。それが100%のおもてなしだと思うのです。そういう粋で豊かな文化を守り広めたい、との思いもあります。

ライター・中川

敷居は低く、でも料亭本来のおもてなしは守りつつ、ですね!

奥村さん

「敷居が高い」というイメージと、常に戦っています(笑)。

熊本のお座敷文化を
残し伝えるため
全力で活動中!

ライター・中川

改めて、「日本料理 おく村」さんの成り立ちと歴史をお教えいただけますか?

奥村さん

創業は明治3年。魚屋町で魚の仲買から、今でいう定食屋「飯屋おく村」として始まりました。その後、昭和3年頃に新町の、今の「福田病院」があるあたりに移転して料亭となりました。この場所に移ったのは高度成長期の最中のころ、昨年(2020年)に150周年を迎えました。私は6代目になります。

ライター・中川

150年以上の歴史があるのですね!
ここで生まれ育った奥村さんは、子どもの頃から「おく村」を継ぐつもりだったのですか?

奥村さん

ええ、うちの親父に、ずっとそう教え込まれていたので(笑)。
ただ、高校・大学時代はちょっとヤンチャしちゃったかな?男を磨く日々でした(笑)。

ライター・中川

ああ、そんな雰囲気を感じます。良い意味で!

奥村さん

東北にある大学へ進学したんですが、あと半年で卒業というときに尾崎豊が亡くなって…。

ライター・中川

尾崎豊…。

奥村さん

それが、自分の生き方を振り返るきっかけになり、大学を退学して和食料理人として修業に出ることを決意。「あと半年で卒業なのに」と両親からは怒られましたが(笑)。京都の老舗割烹で修業し、2000年に帰熊。「おく村」6代目として頑張る日々です。

ライター・中川

さらっと半生を聞いただけでも、節目節目で奥村さんの意志の強さを感じます。
この「おく村」に昔ながらの料亭文化が残っているのも、奥村さんの強い思いがあってこそなのでしょうね!

奥村さん

この付近は、もとは熊本城の掘割が埋め立てられた場所で、料亭や遊郭でにぎわっていたんですよ。私が子どもの頃も、10軒ほどの料亭が軒を連ねていましたが、今は舞台がある料亭は「おく村」だけになってしまいました。

ライター・中川

時代の経過と共に利用者が減り、花街文化も廃れていっただけでなく、そこに熊本地震が大きく影響したようですね。

奥村さん

京都で修業して日本の料亭や芸舞妓の文化の真髄を知ったことで、改めて自分が生まれ育った「おく村」が持つ価値を知りました。
中学生のころ、学校から帰宅して料亭の庭を通っていると、芸者さんが準備を始めていて、「ちんとんしゃん」と三味線が聞こえていたんです。当時は日常の風景で何も感じていませんでしたが、今思えばなんと貴重な経験をしていたのだろう、と。ぜひ残さないといけないと思いました。

ライター・中川

メディアに積極的に出られているのも…。

奥村さん

そうです、多くの人に料亭文化の魅力を知っていただきたいとの思いです。
料理屋というのは、基本的にはお客様を待つばかりの受け身の仕事ですが、情報を発信して積極的に人を呼び込み、料亭の文化に触れてもらいたい。
そして、料亭への敷居を低く感じてほしいんです。

奥村さん

だから、「これだ!」というアイデアが浮かんだらテレビ局などのメディアへ企画を持ち込み、採用されることも多いんです。

ライター・中川

プロデューサーとしてもやっていけそう…。
イベントも多く開催されていますね。

奥村さん

手前味噌ですが、いいイベントばかりですよ~(笑)。
これも、メディアに出る理由と同じです。目の前の利益よりも、長い目で見て、伝統や文化を伝え、残していきたいんです。

ライター・中川

参加しやすいイベントがあると、確かに敷居が低くなりますね。

清正さん

祭りごとは良い。何より、絆が深まるからな。

奥村さん

たとえば、春は「夜桜の会」。

春のイベント『夜桜の宴』。座敷に紅白垂れ幕、桜を生け込んでお花見を楽しみます
奥村さん

座敷を真っ暗にして桜を生けて、少しの灯りの中で夜桜を見ながら花見弁当を食べて、芸者さんの踊りも楽しめる会です。こんなシチュエーションで芸者さんを見られるのが珍しいと、喜んでいただいています。
秋には「新嘗祭」。ご存知ですか?新嘗祭。

「高橋稲荷神社」を迎えて行われる「新嘗祭」
ライター・中川

えっと、聞いたことが、あるような、ないような…。

奥村さん

勤労感謝の日の元になった行事で、天皇がその年の収穫物を供えて報告し、自分もお米を食べられます。本来はこの日より前に新米を食べてはいけないんです。

ライター・中川

そうなんですね!

奥村さん

昔は料理人も当たり前に知っていたことですが、最近は知らない人の方が多い。こういう文化を伝えるために行っています。といっても堅苦しいものではなく、オードブルでその年の恵みをおいしくいただく内容です。これは、仮にお客さんが誰も来なくなったとしても、料理人として行うべきイベントだと思っています。
あと、2月頃などイベント事が少ない時期には、「おばけ」。ハロウィンのような仮装イベントです。他にも不定期で、「おく村」でお食事後に有田焼絵付け体験や、高田焼の手びねり体験をしていただくイベントも行っています。2ヵ月後に自分が手がけた器でお食事もしていただけます。

数年前に行われた「おばけ」では、奥村さんは「機関車」に(笑)
ライター・中川

どれも内容が豊かで、楽しそう。そしておいしそう!
一つひとつのイベントの奥に、奥村さんが伝えたいことや思いが感じられます!

奥村さん

なるべく多くの人に、古き良き文化を再確認していただくのが目的ですから、堅苦しく感じる必要はないですよ。ぜひ、「おばけ」に仮装して来られてください!

ライター・中川

「おばけ」指定…!

清正さん

わしが、このまま参加するのもアリじゃな。

奥村さん

実は、価値を残し伝えたいことの1つに、熊本の芸者文化もあるんです。

ライター・中川

熊本に芸者さんって、いらっしゃるんですか?

奥村さん

はい、「熊本最後の芸妓」といわれる、あや子姐さんです。御年87歳。熊本は券番(芸者の取り次ぎなどを行う事務所)もなくなってしまい、芸妓は彼女だけになりました。あや子姐さんの魂がこもった本物の芸やお座敷遊びに多くの人にふれてほしいし、何より彼女の生き様を知ってほしいですね。熊本のお座敷の功労者ともいえる方です。

熊本最後の芸妓・あや子姐さんの十八番の「黒田節」
ライター・中川

料亭に芸者さん、とても華やかに感じます。

清正さん

そんな人材がおるのか。会ってみたいものじゃ。

奥村さん

芸妓さんがいるお座敷は、もちろん呼ぶのに何万円というお金は必要ですが、芸を見て、会話をして、遊んで、料理を美味しく「楽しむ」ための全てが詰まっている空間になるのです。
あや子姐さんは客あしらいも上手でおもしろく、でも、言うべきことはピシャリというので、お客さんとケンカになったこともあります(笑)。でも、最後にお酒がまずくなるようなことにはなりません。

ライター・中川

一人の女性としても、学ぶことが多そうです。

奥村さん

料亭が減り、券番がなくなる熊本で、あや子姐さんが活躍できる場を残したい、という使命感も持ち続けています。生ける文化財とも言えるほどの方なんです。

熊本の地名がついた
唯一無二の食材を
普及することも使命。

ライター・中川

そういえば、奥村さん、マリモを育てているんですか? 入口の石鉢の中にいたような…。

奥村さん

マリモじゃないですよ!(笑)。あれは「水前寺のり」です。

「おく村」で育てられているマリモ。いや、水前寺のり
ライター・中川

「ひご野菜」の1つの!? 失礼しました!
奥村さんは、水前寺のりの普及活動も精力的に行われていますね。
なぜ、そんなにも「水前寺のり」に力を入れられているのですか?

奥村さん

「水前寺のり」という食材のことは子どもの頃から知っていましたが、京都での修業時代に「水前寺のりの生産地は福岡だ」ということを知ったんです。
水前寺という名前が付いているのになぜ?と興味を持ったのが、最初のきっかけです。
そして、熊本の地名がついているのに、食べたことのある熊本人がほとんどいないということがショックでした。その後、熊本にも生産者が少しだけいるということで見学に行ったりする中で、水前寺のりを地域ぐるみで普及させようと「水前寺のり くまもとの会」を約10年前に立ち上げました。

ライター・中川

奥村さんの活動によって、水前寺のりのことを初めて知った熊本人も多いと思います。もちろん私もその一人です。食材としての魅力は?

奥村さん

水前寺のりには「サクラン」という保水力がとても高い成分が入っています。
生のりでいただく場合は、三杯酢やお吸い物の具などでツルッと楽しめます。

水前寺のりを使ったソーメンとめんつゆ
奥村さん

うちではソーメンに練り込んで、ツルツルモチモチの食感に。めんつゆにもサクランを添加して、「おく村だからこそ食べられるおいしさ」を作り上げました。
さらにこのサクラン、美容成分としても注目されているんです。

ライター・中川

美容! 気になります!

奥村さん

抽出したサクランは、とにかく保水力がすごいので、化粧品のうるおい成分としても使われています。美しい人は美しく、そうでない人もそれなりに…、なれるはずです(笑)。

ライター・中川

私が使うとすごいことになりそう! ガンガン使いたいです!

奥村さん

(失笑)。ただ…。養殖に手間暇がかかるため、とても高価になってしまうのがネックです。同時に、県産のものは収穫量も減ってきている状態です。この状況を打開すべく、自治体や企業さんたちと協働しながら、この唯一無二の食材を守り続けていきたいですね。当店でも、お客様に見えるところで育てたり、水前寺のりを使った料理を手頃な価格で提供したりして、まずは本物に触れて魅力を知ってもらおうと努めています。採算度外視です(笑)。

見た目や話し方は少しやんちゃな印象ですが、料亭文化やおもてなし、そして水前寺のりへの思いがとても厚い人でした。さらに、料理や食材、文化のことについて造詣が深く、知識の引き出しの多さも圧巻。だからこそ情報発信をされても説得力があるし、「おく村」が多くの人が集う場になっているのだと感じました。

清正さん

軍の礼法として侍が心得ねばならないのは、いらないところに儀礼を好んではならないことである

「料亭」で生まれ育ち、料理の道で生き続けている奥村さん。熊本の城下町で数少なくなった「料亭」が持つ責任・存在理由を全うするため、自らが動き、さまざまな仕掛けを行っています。「敷居が高いというイメージと戦っている」と一笑し、料亭で食事をすることの本質を伝え、料亭での体験によって磨かれる人間性を大切にしているのです。楽しい食事の中で、自然と学ぶことができる日本古来の儀礼。これまでの150年、そして、これからの150年も続いてほしい。「おく村」は城下町の宝なのです。

(取材・文/中川千代美、撮影/今村ゆきこ)

奥村さんがオススメする、
近所のラストサムライ

福城屋酒店

創業83年の酒屋のご主人・小場佐文俊さん。あれもこれもと好きなものを並べるうちに、酒だけでなく、アンティーク商品や天草大王を扱う店になったそう。40名が楽しめる角打ちには、こだわりの生ビールサーバがあり、朝から晩まで、気軽に一杯ができる一軒です。

TEL:096-352-7076
住所:熊本市中央区新町4-3-23
営業時間:9:00~20:00
休み:日曜
駐車場:8台

日本料理 おく村

お問合せ/096-352-8101
営業時間/11:00~15:00(オーダーストップ14:00)、17:00~22:00(オーダーストップ21:00)
定休日/不定
住所/熊本市中央区新町1-1-8
アクセス/熊本市電B系統
蔚山町電停より徒歩4分